🗞 ニュースレターを始めます
2023年の年末に振り返りをしていたら、2月頃に「ニュースレターを始める」と、タイトルだけ決めたメモが出てきた。昔から書くことに苦手意識があり、読書感想文の「感想」ってなんじゃい!と憤っていた小学生だった。どちらかというと、事実ベースの事象や理論を、伝わるように情報を編集したりまとめたりするほうが得意で、自分の考えたことや感じたことを上手く言葉にできないことがコンプレックスの一つでもあった。当然、始めるぞと意気込みが書かれたメモは、その年の年末までデータの深部で眠りにつくこととなる。
2023年は、共著『クリエイティブデモクラシー』、LIXILビジネス情報へのコラム、今年出版される予定の雑誌への寄稿など、自分の人生の中でも『書く』こと、そしてそれを読んでもらう機会に恵まれた1年だった。この時期を通じて、苦手な言語化も、数をこなすと前よりもずっと自由になれることを実感した。続けることは何よりも大事である。
新卒で仕事を始めた数年間、ヴィジュアルデザインのスタディを『筋トレ』として行い、Tumblrにあげていた時期があった。
本ニュースレターも同様に、わたしにとってのトレーニングでもある。寄稿よりも軽やかでカジュアルに、プライベートのメモよりはまとまったかたちで、アウトプットを公開していきたい。より個人的なブログ(?)を始めるのは久しぶりで、少しワクワクする。
テーマはランダムで、デザインの話をすることもあるし、そうじゃないこともある。三日坊主になりがちなわたしが週1で配信できる気はしていないので、とにかく隔週を目安に続けることを目標とします。どうぞ、よろしくお願いいたします。
🪨 マテリアルオネスティ
プロダクトデザイン(物理)や建築の文脈でマテリアル・オネスティという言葉がある。古くはイギリスの芸術理論化であるジョン・ラスキンが彼の著作、『建築の七灯』(英語名:The Seven Lamps of Architecture、1849年)や『ヴェネツィアの石』(英語名:The Stones of Venice、1851-53年)等で、素材のもつ本来の特性や美しさを活かし、素材自身の誠実さ(honesty) を大切にするという思想に基づいている。ラスキンの理論は、ウィリアム・モリスやアーツ・アンド・クラフツ運動、ひいては現在のデザインに至るまで大きな影響を与えてきた。
マテリアルとしての”データ”
デジタルプロダクトの世界においては、フラットデザインが流行りはじめた2013年あたりにマテリアルオネスティが話題となった。シンプルで要素を最小限に抽出したフラットデザインのスタイルと、リアルな物質を模倣し表現したスキューモーフィズムのスタイルの対比する議論の文脈で引用されることとなる。
この議論が起こった2013年からすでに10年以上経過し、取り扱い可能なデータ処理能力や通信速度は飛躍的に進化した。プレイドのデザイナー達と、UIにおけるマテリアルオネスティについて話していたことがある。KARTEは、膨大なデータを取扱うデジタルプロダクトである。データの適切な視覚化が、ユーザーにとって欲しい情報の入手や、価値創出のための示唆を見出すことにつながる。明示的に一定の解釈を入れたほうが示唆を得ることができる場合もあるし、なるべく正確なローデータを表現したほうが有用である場合もある。ただ単に視覚化すれば示唆につながるというものではない。適切なチャンクでデータを取りまとめ、見えるようにすることに意味がある。
もちろん、対象とするプロダクトによっても異なるため、一概には言えないが、技術的な仕様をキャッチアップしながら、理想的なメンタルモデルを反映させたインターフェースを設計することは、大量のデータを取り扱うtoBプロダクトにおいては特に正しいように思う。まさに、複雑で膨大なデータがマテリアルなのである。
無形のデザインにおけるマテリアルとはなにか?
公共とデザインでの中・長期プロジェクトでは、人と人、人と社会、といった関係性や社会システムに向き合うことが多い。無形の人工物を扱うデザイナーにとっての”マテリアル”がどのようなものなのかをよく考えている。
DanHillは 『Dark Matter and Trojan Horses: A Strategic Design Vocabulary』(2014年)で、ストラテジックデザイナーが深く理解しなくてはならないのは、社会全体を導く大きな力学の特性であると説く。彼は、複雑でブラックボックス化し作用も表面的には見えにくいこの力学を、宇宙に存在すると言われる直接観測できない物質 「ダークマター(暗黒物質)」になぞらえる。
工業デザイナーが木や鉄、プラスチックの特性をよく知るように、グラフィックデザイナーが紙や印刷技術に詳しいように。関係性ないし全体システムへの介入を意図するストラテジックデザイナーは、社会全体をとりまく力の方向性をよく理解しなければならない。
ものが高所から落下し、水は低きに流れるように、社会を取り巻く力学の特性は、システムや文脈に強く依存している。ストラテジックデザイナーにおけるマテリアルとは、ダークマターを構成するあらゆる人工物、つまり、組織文化・政策・市場メカニズム・法律・金融モデル・インセンティブ設計・ガバナンス・伝統・地域文化・慣習・国民性・状況なのだ、と思う。
力の流れる方向を知り、性質を利用して、ときにはその流れをずらそうとすること。力の流れを無理やり捻じ曲げたり、フェイク素材で覆い隠すような方法では、上手くいかなかったり、もとよりも悪い結果に繋がってしまうこともあるかもしれない。だから、無形を取り扱うデザイナーであってもマテリアルの性質や特性、活かし方を学び続けなければならない。そしてなにより、膨大で広範囲に及ぶマテリアルは一人だけでは到底拾いきれないので、各要所で専門家と協働することで道が開かれることが明白である。
🔗 参考
(日本語訳されたサイト:ウェブにおけるマテリアル・オネスティ(Material Honesty on the Web) - メモ)
📖 今週の本
正月休みに、アンソニー・ドーア『すべての見えない光』を読んだ。第二次世界大戦末期、フランスのサン・マロで盲目のフランス人少女とドイツ人兵士の運命が思わぬ形で交錯する。2015年にピュリッツァー賞を受賞した本作品は、Netflixで映像化もされている一言でまとめてしまうとボーイミーツガールの物語。戦時の不条理の中でありありと輝く希望の光、生命のちから、人間らしさをを感じることができる。タイトルの「見えないの光」とは、題材になっているラジオの電波であり、人間の内にある希望の光なのである。ヴィクトール・E・フランクの「夜と霧」での一節が思い起こされた。
生きることは日々、そして時々刻々問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問に正しく答える義務、生きることが各人に課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けていることにほかならない。
文庫本で720ページと長い小説であるが、文章の構成が変わっていて、主人公2人の視点・時代・場所を断片的に行き来するように短い章が繰り返される形式がとられており、飽きずに読み進める事ができる。雑に読むのがもったいない気がして、年末までとっておいたかいがあった。
👀 Dark Matter LabsのIndy Joharが、RMITで「Planetary Civics(惑星市民学)」で教授ポジションに就任。
📝 孤独・孤立によりそう相談支援に生成AIの活用検討を開始、PKSHAグループ・山形市・フローレンスが連携 | inquire.jp
📝 Mariana Mazzucatoがディレクターを務めるロンドン大学IIPP(UCL Institute for Innovation and Public Purpose) が、2017年に設立されて以降の5年間の活動レポートを発表。
例年通り和菓子屋さんでの餅の購入、近所での餅つき(2回)、実家からの餅の仕送りと、餅にたっぷり愛さながら2024年がスタートしました。みなさんは、年末年始のおやすみいかがお過ごしでしたか。年始から心が痛むニュースが飛び交います、みなさまのご無事と安らかな日々を心よりお祈りしております。