#08 生まれつきの時間を生きる
"わたしは、ただゆっくりと成長する過程にあったのだ。自分なりのスピードで、いつでも、どんな状態であっても”——ファン・モガ著/廣岡考弥 訳『生まれつきの時間』p.47
2024年は、大学院を卒業した2017年から7年間ほど、自分の収入の多くを占めていたデジタルプロダクトのデザインへのコミットを一区切りとした。2021年1月には今の法人を立てたものの、1本で生計を立てていく自信もそれだけの覚悟もなかったし、ありがたいことに最後まで働いていた会社のデザイナーとしてのしごとが本当に楽しく、なかなか辞める決心がつかなかった。(入社からずっと週半分で働かせてもらっていて、感謝しきれない会社の1つになった。)
そんな状況のときに、2023年末にとある飲み会で「やれること・やったらいいと感じることを一回、全部自由にやってみたら?」と言われたことに鼓舞され、そのまま前述の会社を退職した。タイミング的に法人の状況も合っていたのできっかけの1つではあったが、1年たった今振り返ると、人生の中でも大正解な選択だったと思う。
同時に、ふらふらとさまよい続ける1年でもあった。まず基盤となる売上を作らないとどうにもできないし、やれプロジェクトの体制どうしよう、組織どう運営していけばいいんだろう、どんなプロジェクトにリソースを割くべきなんだろう、自分は経営に向いていないんじゃないか、そもそも生きることにあまり自身がないのに会社なんてやっていけるのか。どうにか生き延びるために走り続けなくてはいけないのに、行き先のことを考える時間が取れない。酸素切れで走り続けている時間は、頭の中を空っぽにしてただ身体を運べばよいので一種のフロー状態になる。でも、先を考えないと死ぬかもしれない危機感はずっと抱えている。そんな日々だった。
ある日、内的な感覚をよく共有している友人と電話していると、「刺激がほしいから、摩擦がほしい。あなたは摩擦が生きてる手触り感に直結するタイプ。自分の悩みに振り回されたいんですよね」と言われた。そうか、わたしはわたしに振り回されたいんだなと妙に納得したし、その後、何気なく試したネット占いでも「あなたは一生悩み続けます、性格なのでなおりません」と書かれていてそのタイミングの良さに笑えた。
もともと、悩むこと自体は暗中模索、窓が閉め切って暗くてじめっとした部屋の中をさまよいながら、わずかな光と風の匂いを頼りにすがるような気持ちで希望を探すような体感だった。悩みの中に浸ること、その後ろめたさと居心地の悪さが少し怖かった。しかし、なるほどたしかに、自分自身の人生を振り回しコントロールしている支配欲と、振り回されている被支配欲を一度に満たすこと、ざらついた感じに今現在と生を見出すことができる。しかも人生の手綱は誰に渡すわけでもない。迷いや苦しみと共にでも、生き生きと暮らしている実感を得ることができないのかもしれない。どうせわたしは、わたし以外の誰にもなれない。輪郭が不明瞭な悩みにもやもやする時期は、何かしらの気づきによって終わる事が多い。
つい先日、退職の背中を押してれた同じ人に「もしかしたら自分の選択が間違っているかもしれないし、最終的に自分にはなにもないかもしれない。それでも、勇気を持って選択をしつづけることでしかそれを知ることができいないから、やりつづけるしかないんじゃないですか」と、改めて勇気づけられた。わたしの人生はつくづく他者に生かされている。
ポジティブに明るく悩み、迷い続ける人生もあんがい悪くないのかもしれない、と思い直した2024年だった。
📖 今週の本
Ichi Magazineから発刊されている短編シリーズの第一弾。ジャンルこそSF、科学技術のに基づいたハードSFではない。SFであるにもかかわらず、現実の韓国社会の話であることが浮かび上がってくる。村田沙耶香さんの作品のように日常の延長にある柔らかな感じを想像してもらうと近いと思うが、一方で村田さんの作品ように予想外の展開やどんでん返しはあまりおこらない。物語が淡々と進んでいくのも良い。生き急がざるを得ない世の中で、「生まれつきの時間」を生きることができないわたしたちの話でもある。
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2024年もお疲れ様でした。インフルエンザが大流行していますが、皆さんご自愛ください。来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年を🎍